立ち退き請求
永山古墳は仁徳天皇陵(大仙古墳)と道路を挟んで反対側にある。記者が訪れると、男性ばかり6人ほどが釣り糸を垂れていた。堀には板が渡され、日差しをさえぎるパラソルが立つ。物置や事務所とみられるトタン屋根の小さな建物も建てられている。
夫と2人で釣り堀を営むという女性は取材に対し、「これまで役所に説明してきた通りです」と言葉少な。それでも、夫の祖父が1872(明治5)年に養殖業を始めて以来、堀を使っていると教えてくれた。
市によると、永山古墳は墳丘が全長104メートル、高さ約9メートル。墳丘部は宮内庁が管理しているが、その周囲の堀(6079平方メートル)は堺市の所有だ。元々は旧舳松(へのまつ)村の所有だったが、1925年に堺市と合併した際に市有地になった。
市が最初に明け渡しを求めたのは65年。現在の経営者の父親(故人)はこの時、「明治5年に父親が舳松村の水利組合から水面利用を認められ、年間50銭を納めていたが、昭和初期から使用料を取りに来なくなった。無断で使っているわけではない」と主張したという。
なぜ使用料の徴収が途絶えたのかなどは、戦争の時期も挟んでおり詳しくわからない。市は「いずれにしても、市有地の占有を続ける理由にはならない」としている。
市は9月議会に調停申し立てに同意を求める議案を提出、9月28日に可決された。堺区北三国ケ丘町の天王池にある別の釣り堀についても同様の議案が可決されており、やはり民事調停を申し立てることにしている。
永山古墳は、市が大阪府、羽曳野市、藤井寺市とともに世界遺産登録を目指す百舌鳥・古市古墳群の一つ。世界遺産候補として文化庁に提出した資料でも、永山古墳の空撮写真で釣り堀がはっきり見てとれるただ、市は「今回の措置は世界遺産登録とは無関係」とし、市歴史文化都市推進室も「釣り堀が登録に直接影響するとは考えていない」としている。
asahi.com
何したて国の土地なんだもんねぇ
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